東京高等裁判所 昭和60年(う)1228号 判決
所論は,原判示第3の事実について,原判決は,被告人がA女に対し,金員を返済する意思も能力もないのにそれがあるように装って借用金名下に同女から現金800万円を騙取した旨認定しているが,被告人は,同女から,右の800万円を営業用の事業資金として借用したものであって,返済の意思があり,またその能力もあったものであるから,原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある,というのである。
そこで,記録を精査し,当審における事実取調の結果を参酌して検討すると,関係証拠によれば,原判示第3の事実については,被告人は,A女と結婚する意思がないのに,自己の美術商としての活躍振り,更にはその経歴や家柄などについて種々虚言を弄して同女の関心を惹いた上,同女に対し結婚を求め,同女が被告人と結婚する気になり肉体関係にも応ずるようになったのに乗じ,当面美術品の買い付けの資金が足りないとして同女に対し手持金の拠出を求めたものであり,また右A女も,被告人に前記のような言動によってだまされて,被告人が同女の結婚相手としてふさわしい男性であると信じ込み,被告人と結婚する意思を固め,被告人に求められるままに,将来の伴侶たるべき被告人の営む事業に協力する目的で,自己の手持預金の大部分である本件800万円という大金を被告人に提供するに至ったものであることが認められるのであって,被告人が,「借用名下に金員を騙取しようとした」こと,「返済する意思や能力があるように装った」こと,「6月一杯に返すと申し向けた」こと,右A女が,「約定どおり返済されるものと誤信」して金員を交付したこと,以上のような事実は全く存在しないことが明白である。
以上の事実関係に徴すれば,被告人は,右A女に結婚相手を装って接近し深く交際した上,同女をして被告人との結婚を前提に被告人の事業に協力させるという名目で,同女から金員を騙取したものであって,返済の意思及び能力があるものと装い,期限を定めるなどして同女から金員を借用したものではなく,また,同女も,約定どおり返済されるものと誤信して本件金員を交付したものではないのであるから,原判決は,被告人のした欺罔行為の態様,被害者の誤信の内容及び金員交付の名目において一部事実を誤認したものであり,それが判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。論旨は右の限度において理由があり,原判決は破棄を免れない。
よって,控訴趣意第2(量刑不当の論旨)に対する判断を省略し,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条但書により当裁判所において更に次のとおり判決する。
1 本件罪となるべき事実は,原判示第1の1及び同第1の2(B女に対する詐欺)並びに同第2(C女に対する詐欺)の各事実のほか,
第3 被告人は,A女(当時29年)が被告人のことを美術商として国際的に活躍している青年実業家であると誤信し,被告人に対し好意を寄せるようになるや,同女と結婚する意思がないのに,結婚すると偽って同女から金員を騙取しようと企て,同女に対し,昭和58年4月上旬ころ,電話などで「あなたには僕しかいない,平凡でもいいから2人で暖い家庭を作ろう。」などと申し向けるなどして被告人との結婚を決意するように促した上,同月10日ころ,都内中央区勝どき二丁目18番1号テイジン・レイメイ・スカイレジテル1134号室(当時の被告人の居室)において,「あなたはやはり僕についてくるべきだ,今絵の買い付けで忙しい,資金繰りが難しい,オークシヨンで絶対落としたい絵がある,僕のためにお金を出してくれないか,僕に尽くすと思って投資してくれないか,それがあなたのためだ。」などと言葉巧みに申し向けて同女の手持金の拠出を要請し,同女をして真実被告人と結婚することができるものと誤信させ,よって,同女から,将来の結婚相手たる被告人の事業に協力するという名目で,その資金として,同月18日ころ右同所において現金490万円の,同月30日ころ都内千代田区有楽町一丁目1番1号日比谷ビル内喫茶店アクトレスにおいて現金310万円の,各交付を受けてこれを騙取したものである。……中略……
2 なお,A女に対する詐欺についての主位的訴因は別紙記載のとおりであるが,本件の証拠関係のもとにおいては,先に控訴趣意第1に対する判断の中で説示したとおり,右の主位的訴因について有罪の認定をすることはできないから,当審において追加された予備的訴因につき判示のような認定をしたものである。
別紙(主位的訴因)
被告人は,A女(当30年)が被告人のことを美術商として国際的に活躍している青年実業家であると誤信しているのに乗じ,同女から借用名下に金員を騙取しようと企て,同女と結婚する意思がなく,また同女から受領した金員を返済する意思も能力もないのに,これあるように装い,昭和58年4月初めころ,東京都中央区勝どき二丁目18番1号テイジン・レイメイ・スカイレジテル1134号室から埼玉県八潮市古新田794番地の同女方に電話をかけて同女に結婚の申し込みをした上,更に同月10日ころ,右テイジン・レイメイ・スカイレジテル1134号室において,同女に対し「あなたは僕について来るべきだ。僕について来てくれるんだったらお金を出してくれないか。絵の買い付けで忙しく資金繰りが大変だが,オークションで絶対落としたい絵があってまとまったお金が必要だ。6月一杯で返すからお金を都合してくれないか。」などと言葉巧みに虚構の事実を申し向け,同女をして,被告人が同女との結婚の決意を固めており,かつ,被告人に交付する金員も約定どおり返済されるものと誤信させ,よって,同女から,同月18日ころ,同所において,現金490万円を,同月30日ころ,同都千代田区有楽町一丁目1番1号日生日比谷ビル内喫茶店アクトレスにおいて,現金310万円を,それぞれ交付させてこれを騙取したものである。